<企業紹介>
後藤漬物株式会社は、主力商品の国産原料を使用した糖絞り大根・べったらで定評がある。
創業は昭和元年。原料は国産100%にこだわり、夏場に青森などから調達する以外は、年間の7~8割以上を地元鹿児島及び熊本の産地で契約栽培し、年間で供給できるのが同社の強みである。
安心・安全をモットーに、用途に応じて品種を選定し、蒔付けから収穫まで徹底した栽培管理を行う「一切手を抜かない」。これが後藤のこだわりの大根である。
なかでも、べったら漬はこのところ年々伸長している有力商材である。同社のべったらは、全て手むき作業で加工される。これまでは手むき業務を関連会社に委託していたが、その会社を吸収合併し、現在は全て一社一工場で生産している。
<オススメ商品> 「鹿児島だより」 「甘口たくあん風味」
<新社長に聞く> 後藤漬物株式会社 代表取締役社長 後藤公也氏
良質の大根原料を供給
異業種交流で柔軟な発想に
異業種交流で柔軟な発想に
後藤漬物株式会社(鹿児島県曽於郡大崎町)は、国産原料を使用した糖絞り大根・べったらが主力商品。創業一族は熊本出身で、昭和元年に福岡県北九州市で漬物小売業を創業。10年に福岡県岡垣町で漬物製造を開始し、42年に後藤正剛氏が初代社長となって後藤食品株式会社を設立した。50年代から原料産地である鹿児島に、工場やグループ会社を次々と新設。平成19年に後藤漬物株式会社を設立し、代表取締役に前会長の河野和博氏が就任した。その後、グループ会社(後藤食品、シーピーオー、サンフーズ)との統合を図り、平成24年に最後の合併を終えて現在に至る。前社長(現会長)の後藤美紀氏は初代社長・正剛氏の息女で、7月に社長を退任し、専務取締役だった後藤公也氏が現社長を務めている。後藤新社長に会社の現状と将来への取り組みについて話を伺った。(菰田隆行、文中敬称略)
◇ ◇
‐新社長に就任された現在の心境は。
後藤 私は創業家との血縁関係はないが、熊本の同じ町村の出身。その縁もあって平成の初めに熊本を出て鹿児島に移り、この仕事に携わった。兄の元己(もとみ)も以前、グループ会社の後藤食品で社長を務めていた。私は今年、還暦(昭和34年9月生まれ)を迎えたが、熊本を出てもうすぐ30年で、人生の半分を鹿児島で過ごしたことになる。その節目の年に社長に就任し、縁を感じている。
◇ ◇
‐新社長に就任された現在の心境は。
後藤 私は創業家との血縁関係はないが、熊本の同じ町村の出身。その縁もあって平成の初めに熊本を出て鹿児島に移り、この仕事に携わった。兄の元己(もとみ)も以前、グループ会社の後藤食品で社長を務めていた。私は今年、還暦(昭和34年9月生まれ)を迎えたが、熊本を出てもうすぐ30年で、人生の半分を鹿児島で過ごしたことになる。その節目の年に社長に就任し、縁を感じている。
‐業界の現状について。
後藤 当社の主力である糖絞り大根やべったらに限らず、漬物の売上は減少傾向にある。人口減や高齢化が影響し、「量がいらない」状況だ。作れば売れる時代だった10~20年前から比べると、漬込み・製造の最盛期の忙しさも軽減された。人手の確保も難しくはなっているが、製造・漬込みのやりくりはできている。3年から5年後、10年後にはもっと人が減り、売上高も減っていき、落ち着くところに落ち着くのかもしれない。その中で企業としてどう生き残れるのか考えて行かなければならない時に来ている。
売上減の原因は商品の値段等ではなく、消費者の嗜好が変わってきたからだろう。今の若い人は沢庵に付いているぬかを取ったり、切ったりという面倒なことはしなくなり、子供は自然と食わず嫌いになる。お爺ちゃんお婆ちゃんと一緒に暮らしていた3世代同居の時代とは、明らかに変わってきている。学校給食にも漬物を提供しているが、昔家庭で食べていた量に比べれば全然少ない。時代が移り変わってきたことが、企業努力を超えた要因として存在していると思う。
後藤 当社の主力である糖絞り大根やべったらに限らず、漬物の売上は減少傾向にある。人口減や高齢化が影響し、「量がいらない」状況だ。作れば売れる時代だった10~20年前から比べると、漬込み・製造の最盛期の忙しさも軽減された。人手の確保も難しくはなっているが、製造・漬込みのやりくりはできている。3年から5年後、10年後にはもっと人が減り、売上高も減っていき、落ち着くところに落ち着くのかもしれない。その中で企業としてどう生き残れるのか考えて行かなければならない時に来ている。
売上減の原因は商品の値段等ではなく、消費者の嗜好が変わってきたからだろう。今の若い人は沢庵に付いているぬかを取ったり、切ったりという面倒なことはしなくなり、子供は自然と食わず嫌いになる。お爺ちゃんお婆ちゃんと一緒に暮らしていた3世代同居の時代とは、明らかに変わってきている。学校給食にも漬物を提供しているが、昔家庭で食べていた量に比べれば全然少ない。時代が移り変わってきたことが、企業努力を超えた要因として存在していると思う。
‐現在の取り組みは。
後藤 原料大根の一次・二次加工の割合が増えている。完成品として売れればもちろんそれに越したことはないが、当社の強みはやはり原料。11月から5月まで、日本一の大根産地である鹿児島の供給量と高い品質は、他の地区では類を見ないものと思っている。農家との付き合い方も、大根栽培から一度でも離れると次に増やそうとしてもなかなかやってくれないことが多いので、なるべく維持していく方策を採っている。これからも高品質な大根原料を供給していきたい。
後藤 原料大根の一次・二次加工の割合が増えている。完成品として売れればもちろんそれに越したことはないが、当社の強みはやはり原料。11月から5月まで、日本一の大根産地である鹿児島の供給量と高い品質は、他の地区では類を見ないものと思っている。農家との付き合い方も、大根栽培から一度でも離れると次に増やそうとしてもなかなかやってくれないことが多いので、なるべく維持していく方策を採っている。これからも高品質な大根原料を供給していきたい。
‐今後のビジョンは。
後藤 同業者の組織である漬物組合は、以前は単体の企業が利益を追求するため、加盟していてもライバル企業だったが、今は共同の事業や管理制度の情報を交換できる同業者の集まりとして大切にしていきたい。それと同時に今は様々な展示会やセミナーに参加して、なるべく異業種と付き合うようにしている。自社の仕事にかかりきりになると斬新な発想やアイデアは生まれにくい。その意味で、今の若い社員にはなるべく異業種との交流を経験してほしいと考えている。
特に今の若者は、トップダウンが当たり前だった私達の時代と違い、自分が納得しないと動かない。何のためにやっているかを知り、自分で考えてやって行けば仕事は楽しくて面白いものになる。たとえ失敗しても、そこから新たな発想が生まれてくるし、柔軟な思考力があれば、この業界でも新しいものを産み出していけるはずだ。10年ひと昔だった以前に比べ、今は5年ひと昔。スピードの早い時代の移り変わりに順応できるのは、柔らかい頭を持った若者が最適だ。1人よりも2人、2人よりも3人、そんな人材を育てて行ければと思っている。
後藤 同業者の組織である漬物組合は、以前は単体の企業が利益を追求するため、加盟していてもライバル企業だったが、今は共同の事業や管理制度の情報を交換できる同業者の集まりとして大切にしていきたい。それと同時に今は様々な展示会やセミナーに参加して、なるべく異業種と付き合うようにしている。自社の仕事にかかりきりになると斬新な発想やアイデアは生まれにくい。その意味で、今の若い社員にはなるべく異業種との交流を経験してほしいと考えている。
特に今の若者は、トップダウンが当たり前だった私達の時代と違い、自分が納得しないと動かない。何のためにやっているかを知り、自分で考えてやって行けば仕事は楽しくて面白いものになる。たとえ失敗しても、そこから新たな発想が生まれてくるし、柔軟な思考力があれば、この業界でも新しいものを産み出していけるはずだ。10年ひと昔だった以前に比べ、今は5年ひと昔。スピードの早い時代の移り変わりに順応できるのは、柔らかい頭を持った若者が最適だ。1人よりも2人、2人よりも3人、そんな人材を育てて行ければと思っている。
【2019(令和元)年9月30日(第4994)号6面掲載】
「後藤漬物」商品ご注文フォーム → http://www.goto-tukemono.com/order.php
<企業情報>
会社 | 後藤漬物株式会社 |
代表 | 代表取締役会長 後藤美紀 代表取締役社長 後藤公也 |
創業 | 1926年(昭和元年) |
業務内容 | 糖しぼり大根・べったら漬・刻み製品・べったら手むき他 原料一時加工 |
住所(本社) | 〒899-7306 鹿児島県曽於郡大崎町永吉237 |
電話(代表) | 099-476-3267 |
FAX | 099-476-3687 |
HP | www.goto-tukemono.com/ |
メール | gtukemono@river.ocn.ne.jp |